皆さん こんにちは!!
8月6日の原爆慰霊祭も無事終わり、7日の護摩法要とお盆供養も終わりました。
13日はお盆の入りで、ご先祖様の御霊が帰られます。大切にしましょう。
相変わらず、西日本は酷暑ですが、朝晩は大分しのぎやすくなりました。
ヒグラシの鳴き声と夕日がとても合います。心に響く鳴き声と風景です。浴衣に雪駄、下駄が似合います。
本題ですが、空海が唐に渡り、持ち帰ったの仏教が密教です。つまり、空海が開いた真言宗は、密教の宗派ということにになります。最澄も同じく唐で密教を学んで帰国して、天台宗を開いてますが、どちらかといえば、宇宙観より、仏典教義を主体となり、法華経を題目にしてます。
顕教(けんきょう)=言葉の理解を通して真理を得ようとする仏教の立場ですが、「顕教」は密教側からの用語です。
密教(みっきょう)=言葉に出来ない秘密の教えを体験的に学ぼうとする仏教の立場。身体を酷使する修行を重視します。曼荼羅とか宇宙の根本原理から直接真理を体得する。
悟りと真理の学び方の、得る事の違いですが。どちらが、勝れてるとかでなく。比較対象優位論でなく、自分の心、精神に合うほうを選択されたらいいと思います。密教とは、「隠れた教え」と言う直訳の意味です。対する仏教の立場を顕教といい、こちらは「言葉によって」明らかにされた教え、と言う意味です。顕教は、主に経典の研究によって悟りの真髄に迫ろうとします。一方、密教は、宇宙の生命の根源とみなされる「大日如来」から、直接悟りの真理を体得しょうとします。顕教が仰ぎ、学ぶ対象とする釈迦やその他の如来、菩薩などは、密教側からは、総て大日如来のあらわれの一つと位置づけられてます。
経典の文字と言葉以外にも精神性、心のように、言葉では表現できないものがあるとしてます。
これを会得したなら、即身成仏=仏の教えを体現すること。になれるということです。
仏に近づき、寄り添うには、いろんな道と方法があります。自分が1番合う、好きで長く続けられて、悟りをえるための、探求を
求めて(一生かかるかもしれません)、いきやすい道を選んでください。
仏教は知識、学問の多寡でなく、知だけでなく、空、識、もあり、仏の弟子として、研鑽を重ねて悟りをえる(永遠なる安心立命)
ことが大切で、この教えを商売の道具にすると、やはり因果応報で、真髄は見えてこないです。お布施と言う言葉がありますが
現代では、お金の寄付ですが、元々は、施しで、仏様が慈悲で民を救うことが主眼です。事実、平安、鎌倉時代は、
炊き出し、教育(寺小屋)、病気、とか、施してます。本来仏教は、無料開放なんですが、ただそれだと、お寺が維持できないので
金品意外に、お米、野菜の、寄進があります。
時には、空、海、雲、風、朝日、夕日、月、星空を見てみてください。心が和みます。
顕空。 合掌。