全国の皆さん こんにちは!!
昨日は、歯の治療で、虫歯1本の神経抜歯でほかにも4本あり、治療で、参りました。
4本はなり掛けでしたが、下のはの犬歯で、これが麻酔掛けてましたが、痛かったです。
それで、ダウンして寝込んでました。
大阪のW選挙は維新の会が勝ちました。既成政党に未来が無く、維新の会の橋下氏は都構想で未来を語りました。
改革は既得権益のかたの代弁ではなりません。総選挙が以外とちかいかも知れません。
歯は大事にしてください。かむ力が減ると免疫力も減るそうです。
日本の葬儀が初めて「仏式」でおこなわれたのは、756年の聖武天皇崩御のときとされてます。このときは僧侶が読経し、焼香してしめやかに行われたと「日本書紀」に記録されてます。「火葬」のあり方も仏教伝来と共に行われるようになったと考えられます。死体の消滅は死霊や悪霊の観念を薄めさせてくれるという側面がありました。日本でも最初の火葬は記録によると文武天皇四(700)年の日本法相宗の宗祖、道昭の火葬とされ、それに続いて大宝2(702)年の持統天皇の火葬とされてます。しかし、これは公式に残ってるもので、大宝元年編纂の「大宝律令」には、行軍中に兵士が死んだら死体は火葬して埋めるように、東国の防人が死んだら柩を給付し火葬にすべしという指示が書かれてます。きわめて限定された部分とは言え、火葬は道昭や持統天皇の前から存在していたのが事実のようです。八世紀には僧や貴族、地方豪族、天皇も遺詔により火葬されるようになりました。しかし、火葬が庶民レベルにまで普及するのはその後千年程度の歴史がが必要でした。明治時代を経て大正時代の中頃ななって、やっと火葬は50%を超えました。平安時代末期の浄土思想の普及は、仏式葬儀のあり方に決定的な影響を与えました。さらに密教とも結びつき、仏教伝来前の日本にあった儒教の祖先崇拝とも深く結びつき、具体的な、仏式葬儀の確立となりました。
庶民レベルにまで降りてきて、お墓、葬儀は此処120年ぐらい前からです。おそらく、納骨も散骨、樹木葬、と時代と共に、
死生観も変わり、墓石もデザインされる傾向です。
我々のお寺と駐車場前の弘法大使と観音像です。それと季節はずれの、青い空と白い雲です。
顕空。 合掌。
コメント